What's Hammer label ?
今や伝説となった、渋谷系の元祖、老舗の音楽レーベル。1990年代初頭、ネオ・アコ、グルーヴィー・ポップを中心とした、秀逸なセンスで注目された。シンセ・オペレーター、レコーディングエンジニア、サウンド・プロデューサーとして現在もメジャー音楽業界で活躍する、森達彦氏によって設立された。オフィス、スタジオが渋谷・宇田川町のノア渋谷501にあり、こスタジオを拠点にデンマークのバンドGANGWAY、看板アーティストのu.l.t、マリ・ゴールドリーフをはじめ、クルーエル・レーベルのラブ・タンバリンズなど後の渋谷系と言われるアーティストが多く育っていった。
フリッパーズ・ギター解散後、90年代の日本の音楽シーンを左右する、ささやかなれど確かな歩みが、渋谷宇田川町は東急ハンズの向かいにあるレンガ張りのマンション、ノア渋谷の5階から始まった。そこには現エスカレーター・レコーズ・オーナーの仲真史やブリッジ解散後の現在はソロ・アーティストとして活躍中のカジヒデキ、はたまた、現在はKahimi KarieやChocolatのプロデューサーにして、自身のソロ『landscape of smaller's music』(CRUE-L RECORDS)もリリースしている神田朋樹の3人が店員として働いていたレコード・ショップ、ZESTがあり、その隣には雑誌BAR-F-OUT!編集部と瀧見憲司氏が主宰するインディペンデント・レーベル、CRUE-Lレコーズが同居していた一室があった。ここには様々なタイプのアーティストやアーティストの卵たちが出入りし、交流を深めるなかで生み出された音楽作品は、後に渋谷系なる曖昧な形容詞を戴くことになるが、少なくとも、このノア渋谷を中心に緩やかに形成されたサークルから世に送り出された音楽は、そのジャンルは様々なれど、精神的にインディペンデントであることを旨とした非常に先鋭的なものであった。そして、ノア渋谷の5階にあって、もう一室、忘れてはならない部屋がある。それがシンセ・プログラマーの森達彦氏のプライベート・スタジオ、HAM STUDIOだ。ここには、既にムーンライダースの鈴木慶一や白井良明、Chara、Cobaといったアーティストが出入りしていたが、それとは全く別の流れでZESTスタッフやCRUE-Lレコーズ、BAR-F-OUTが結び付いたことで、この5階からは産声をあげたばかりの2つのインディペンデント・レーベル、エスカレーター・レコーズの前身となるTRUMPET TRUMPETレーベルの習作が、そして、CRUE-LレコーズからKahimi KarieやLOVE TAMBOURINESなどの作品が世に送り出された。
森氏は、また、デンマークのポップ・グループ、ギャングウェイのプロデューサーであるデヴィッド・モーションとひょんなことから知り合ったことをきっかけに、彼らの作品を日本でリリースするためにインディペンデント・レーベル、HAMMERレーベルを設立。彼らのアルバム5作品のほか、彼自身も友人を集めたMarigold Leafやu.l.t.といったプロジェクトの作品をリリース。それぞれ好評を博すに至ったが、その一方で、TRUMPET TRUMPETレーベルとCRUE-Lレコーズのレコーディングも引き続き行った。しかし、メジャー・レコード会社の潤沢な予算のもとで行われたレコーディングを知っている森氏が同時に2つのインディペンデント・レーベルの、予算に制限があったレコーディングをこなした裏には彼独特の音楽観があった。
これはあくまで推測だが、パンク/ポスト・パンク世代のロウ・バジェットなサウンドを自然に耳にしてきたCRUE-LレコーズやTRUMPET TRUMPETレコーズの面々と、ビッグ・バジェットの一般的にいうメジャー・クオリティなサウンドを知りつつ、本来的にいい音を模索する過程でロウ・バジェットなサウンドの価値を見出した森氏は、世代や価値観の差はあれど、だからこそ、結び付くことが出来、かつ、そこから素晴らしい作品の数々を生み出すことが出来たのだろう。しかし、時が過ぎるのは早いもので、ZESTとCRUE-Lレコーズ、そしてBAR-F-OUTが相次いで移転を決め、この5階の繋がりから生まれた魔法は別の場所、別の形で起こるものへと姿を変えることになり、そして、残念なことに、HAM STUDIOも'98年12月に休止した。
